指導理念―全体コンセプト―

本質追究・思考力錬磨・教養力涵養

われわれの指導理念は「本質追究」「思考力養成」「教養力涵養」。これに尽きます。
難関大現役合格のためには、付け焼き刃的な「暗記」や目的意識のない「訓練」などではなく、事項の本質を深く掘り下げ把握、理解し、それらを複雑に絡み合わせていく思考力が不可欠だからです。

「本質追究」「思考力錬磨」「教養涵養

したがって、われわれは「Aという事項が入試頻出だからAを覚える」というような、「入試頻出事項=重要事項」という誤りを徹底的に排します。事柄の表面にこだわらず、常にその本質を問う勉強法を塾生諸君に身につけてもらいます。大学受験突破はもちろん、その後の大学での学問生活や大人になってからの知的生活のバックボーンとなる「高校生ほんらいの学習」とは、このような緻密な学習をじっくりと積み重ねる「思考力重視」の学習を言うのです。「覚えて済ます」という短絡的勉強法にからめ取られることなく、「ナゼ、そうなるのか」に徹底してこだわることが本物の実力をつける勉強の出発点。難関大学の入試問題は、そのような勉強を地道に積み重ねてきたかを直接、間接に問うてきます。これは勉強量総体では浪人生にはかなわないものの、その分を勉強の「質」でカバーし得るクセジュ生には極めて有利な問題といえます。これが「本質追究」「思考力錬磨」を指導理念として掲げる理由です。

また、難関大入試問題の内容を精査し、その上で現行の学校カリキュラムを参照してみると、大きな「断層」が見つかります。それは、「科目横断的な“教養教育”の不足」です。英語、数学、国語、理科、社会など科目の枠を取り払い、大きく学問を俯瞰的に見る視点や、現代社会のヴィヴィッドな問題点と学問との接点にフォーカスする視点が学校教育には不足しています。そして、まさにこの点こそ、難関大当局が受験生をフィルタリングする際に重要視している点です。単に「入試突破のための技法」だけに精通した底の浅い受験生を振り落とすのが難関大入試の目的の一つです。高校時代に義務教育レベルでは身につけられない真の意味での「勉強」を体験し、その結果、大学での学問研究を志して、より良い社会の創出に貢献する「気概」を高校時代に身につけた否かを難関大当局は測りたいのです。所謂、難関大(特に難関国公立大)の入試問題をよく研究し、出題者の真の意図を探るならば、大学当局からのこのようなメッセージがよく伝わってきます。

したがって、クセジュ高校部では個々の科目の勉強からどうしてもこぼれ落ちてしまう「俯瞰的な教養教育」の必要性を強烈に感じています。それが「教養力涵養」という指導理念として結実しているのです。

高いモチベーションの維持

さらに、われわれは塾生諸君の「大学進学のモチベーション」を多角的に高めていきます。「大学に現役合格すること」はむろん、塾生諸君の第一目標ですが、それだけにとらわれずに、やはり大学入学後の「学問」、大学卒業後の知的社会生活のことも考えて、大学進学を果たしてもらいたいからです。われわれは授業、セミナー、機関誌などを通して大学・学問・入試に関する様々な情報を提供しています。将来を真剣に考える「まじめな」高校生諸君が大学進学の意義を自分なりに形作って、受験勉強に前向きに取り組んでいけるよう入念に指導します。だからクセジュ生は受験学年になってからの頑張りが効き、ワンランク、ツーランク上の難関大に見事、現役合格を果たすのです。

実力派の指導者のもと、勉強・大学進学への意識が高い仲間とともに、切磋琢磨しながら本格的な学力を養い、その結果として、難関大学に現役合格する。そして、大学入学後も充実した学問生活を送り、社会に出てからも知性を磨き続け、社会から必要とされる存在となる。一人でも多くの高校生諸君が、これからの時代をたくましく生きていけるよう、クセジュ高校部は万全のサポートをお約束して参ります。

緻密で盤石な基礎学力

2020年度から大学入試が大きく変わると伝えられています。従来のような「暗記」中心から、「思考力」重視へ。「選択式」解答から「論述式」解答へ。「正解が1つに決まる問題」から、「唯一の正解のない問題」へ、「一発勝負」から「複数回の受験チャンス」へ、など様々な論点が検討されています。

しかし、ここで見誤ってはならないのは、「高校課程で学んでいる知識や、身につけた学力は新大学入試では不要になる」ということではない、ということです。いかに“小手先の”入試制度改革が行なわれるとしても(これまで何度、大学入試改革が叫ばれてきたか数えきれません)、大学での学問研究に必要とされる「基礎知識」と「思考力」は決して不要になるわけではないことを、しっかりおさえましょう。わかりやすく言えば、いくら入試改革が行われようと、微分積分がわかっていなくても物理学科に進学できるようになるのではありませんし、アボガドロ数を全く理解していないのに化学科に行けるようになるのでもありません。分詞構文がわからなくても英語論文が精密に読めるようになるのでもありませんし、禁止の終助詞「そ」を知らないのに「な射そ」を現代語訳できるようになるのでもありません。

これらは、どのような入試制度、入試問題になるにせよ、大学できちんと学問研究するためには必須の知識であり、これらを的確に運用できる学力は今後も、入学希望者選抜過程において不問に付されることは決してありません。
したがって、クセジュ高校部での指導ももちろん、「大学受験に必須の知識を学び、それらの運用能力を極限まで高める」ことに変わりはありません。このような「盤石な基礎学力」があってこその、「思考」であり、「論述」であり、「正解のない問題」なのです。

基礎学力、基礎知識のうえに思考力さらに言えば、新しい大学入試が「思考力」「表現力」の評価を標榜すればするほど、恐らく、評価基準の実態は「従来と同様の高校課程までの基礎知識と学力」に傾斜するでしょう。実際に現役高校生を指導している立場からみれば、「思考力」や「論述力」で勝負するよりもはるか以前の段階の、「基礎知識・基礎学力」のレベルですでに勝敗がついている生徒が圧倒的多数だからです。ですから、採点基準の曖昧な「思考力」や「表現力」で差をつけるのではなく、明確な基準のある「基礎学力・基礎知識の有無」で差をつけて合否を決めることは、これまでと変わらないどころか、むしろ促進されることになるかもしれません。

その意味で、今後はますます大学の二極化が進行するでしょう。「緻密で盤石な基礎学力を身につけている」のは当然の前提で、「思考力」や「表現力」で優劣を競える一部の上位難関大学と、「とりあえず最低限の基礎学力レベルは担保されている」その他“ふつうの”大学です。
クセジュ生が狙うのは、もちろん前者ですし、われわれもその前提で指導カリキュラムを作成しています。「よりハイレヴェルな勝負」に挑むクセジュ生は、まずは「緻密で盤石な基礎学力」を養成することが不可欠です。

深く考察する思考力

緻密で盤石な基礎学力を身につけるには、「覚えて済ます」という段階からいかに脱却するかが大事です。学習している事項一つ一つについて、「ナゼこうなっているのか?」「ナゼそのように解くのか?」「ナゼこれが正答なのか?」というように、常に「ナゼ?」と発想する勉強姿勢。これこそが緻密で盤石な基礎学力をしっかり身につけるコツです。そして、これが「深く洞察する思考力」をさらに磨き込んでいきます。

皆さんがこれまで勉強に面白みを感じられなかったり、勉強している割には成績が今一つだったりした主な原因の一つは、「覚えて済ます」という短絡的な勉強法を、幼い頃から刷り込まれてしまっていることです。小学校、中学校レベルの勉強であれば、それでも何とかなってしまうかもしれません。しかし、高校課程の勉強はそれまでとは「質」も「量」も段違いであることに、すでに気づいていると思います。「なんだかよくわからないが、模範解答にAが正解と書いてあるから、とりあえずAを覚えておこう」などという勉強法では、早晩、壁に行き当たるでしょう。そのとき、小学生・中学生的な勉強法から脱却できていない人は、「努力が足りない」と考えて、ますますネジリ鉢巻きで「暗記」に勤しむことになります。しかし、「やっている割にはできるようにならない→だから、つまらない→自分にはこの科目は向いていない」と短絡し、最後には志望学部学科まで変更し、ほんらいの実力よりワンランク、ツーランク下で終わってしまうのです。

こういう典型的失敗の原因は、それまでの「幼い」勉強法から高校生らしい勉強法へ変革ができなかったことにあります。「覚えて済ます」のではなく、しっかりと「思考」すること。具体的に言えば、常に「ナゼこうなるのか?」と深く考察する思考力を養ってこなかったことが原因なのです。

この点でクセジュ高校部の指導は他と一線を画します。常に生徒諸君に「ナゼ?」と問いかけ、真の意味で「思考して」勉強する習慣を身につけてもらいます。「ナゼそれが正解だと思うのか?」「ナゼそのように解いたのか?」「ナゼこちらの選択肢は不正解なのか?」などと、事ある毎に生徒に問い、鋭く解説する授業を通して、クセジュ生は「勉強とは覚えることではなく、思考することだったのだ」「今まで、自分はなんて考えていなかったんだろう!」と痛感します。こういう体験から眼が開かれ、一気に飛躍していく先輩たちをわれわれはたくさん見てきました。次はあなたの番です。

豊かな表現力

2020年の大学入試改革を待たずとも、国公立大2次試験は現在でも既にほぼ全てが「記述式」解答の問題です(カンとフィーリングで偶然できてしまうこともある「選択式」の問題は、主にセンター試験と私立大入試での出題形式です)。

また、記述式の問題が解けるようになれば選択式の問題はできるようになりますが、その逆はあり得ません。記述式の問題が解けるようになるには、これまで述べてきた「緻密で盤石な基礎学力」と「深く考察する思考力」が不可欠だからです。

クセジュ高校部で学んできた「緻密で盤石な基礎学力」と「深く考察する思考力」を巧みに組み合わせ、問題の中で与えられているたくさんの情報を整理し、その本質を見抜いた上で、自分の考えを論理的に説明する。このような本格的な「表現力」をクセジュ高校部では徹底指導していきます。そして、これが単に「大学入試突破」だけに寄与するのではなく、この激動する現代世界の中でたくましく生きていくための「必須の能力」であることは明白でしょう。大きな世界史的展開の真っ只中にあるこの「正解のない世界」で、周囲に流されることなく、自らの生きたい人生を生きるための基礎力を、ここクセジュ高校部で身につけて下さい。

大学受験のグランド・デザインを描く

皆さんの当面の目標である、難関大現役合格を「本気で」考えるには、受験に向けての「グランド・デザイン」(大戦略)が必要です。もちろん科目ごとの個々の項目知識といった受験勉強の細かな部分も大切。しかし、それらが自分の受験勉強全体のどういう位置にあるものなのか、が明確にわかっていなくては「木を見て森を見ず」ということになりかねません。ここクセジュ高校部で生徒一人一人に割り当てられる担当講師(指導教官)は、志望大学の試験科目の特性や問題の特性、生徒の学力・性向・志望校へのモチベーション等にもとづいて志望大学合格への「グランド・デザイン」をしっかりうち立てます。そして生徒は担当教官の適切なアドバイスのもと、確実にその計画を遂行していきます。だからクセジュ生は勉強方法や勉強素材に迷いがなく、どこまでも正しく、効率的に勉強を進めていけるのです。
その意味で、授業をしている講師と個人的な面倒を見る先生が別人なのは、効果的な大学進学指導として大いに疑問です。質問受付専門の先生(チューター、カンフェリーなど)は、その生徒のほんとうの実力や性向もわからないまま、テストの得点など数字の上からだけの判断で、的外れなアドバイスを与えるかもしれません。むろん、クセジュ高校部講師のように、同じ内容の質問でも、質問してきた生徒の実力や性向に応じて説明の仕方を変える、という臨機応変な対応や、個々の生徒ごとに異なる大学受験の「グランド・デザイン」をふまえた対応などを期待することは難しいでしょう。

優れた「塾講師」とは

「Aということを質問されたからAについて解説する」。これはまじめだが凡庸な講師です。「Aという質問をするということは、BやCということをわかってないからだ」と考えて、きちんと時間をとって、丁寧にBやCの解説から始めてくれるのが「実力」のある講師。生徒が「Aの答えを早く知りたい」と言っても、BやCがわかっていなくてはAの答えを知っても意味がない、ということを説得力ある説明の仕方でじっくりと語れるのが実力派の講師です。そういう先生に教われば実力は確実に伸びます。
あなたはそういう先生に今まで教わってきましたか? クセジュ高校部講師はそういうほんとうの「実力派」です。
経験豊富な実力派講師のもとで、あなたの可能性を大きく広げて下さい。