学習塾クセジュ

小学生、中学生、高校生のための学習塾 クセジュ
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これからの時代に必要な力
それはクセジュのルーツ“国語”にあった!!

創立から30年の歴史があるクセジュですが、その教育理念が一番わかりやすい形で反映されているのが「国語の授業」。今回は国語科のベテラン講師陣に、思う存分クセジュの国語授業の魅力を語ってもらいました。

対談講師紹介

クセジュ教育理念のルーツは国語にアリ

reporterよく保護者の方から、「国語の授業がユニークで面白い」と言われるクセジュの国語ですが、実際にはどのような授業をしているのですか。

石 塚:そもそも多くの方が抱いている国語の授業というのは、「文章が与えられて、そこに付随した設問を解く」というものだと思います。特に学習塾の授業となれば、いかに効率良く正答にたどり着くか、というテクニックを教わる場だというイメージがありますよね。しかしクセジュの最終目標は、そこではありませ ん。

宮 崎:そうです。文章から得られるものは無数にあって、「筆者の主張や思想」もそうですが、本文中には書かれていなくとも「そのような 考えに至る時代背景」「自分の知らなかった概念」など、本文の正確な意味を把握すること以上に多くの発見がある。大げさでなく今後の自分の生き方や思考に 大きな影響を与えるようなものに出会うこともあるのです。そのような絶好の機会を、無味乾燥な〝読解問題〟としてのみ触れて終わるのでなく、〝人生の教 材〟にしてもらうことが基本路線です。

松 岡:だから実際に授業で扱う題材は、生徒の成長に合わせて「子どもたちに考えてほしいテーマ」をも とに選定しています。部分的に抜粋するだけでは不十分なときは、一冊丸ごと買ってもらうこともありますね。それについて、言葉の意味はもちろん歴史的背景 なども調べながら読み進めていきます。場合によっては関連資料や映像を交えて、子どもたちに味わってもらうんです。

reporter―具体的にはどんなテーマの文章を扱うのですか。

松 岡:文学作品、文化比較、社会問題、宇宙論…多岐に渡りますね。学年に応じていろんなジャンルを扱いますが、それらの背景的な知識を得るだけでも相当な勉強になります。子どもたちも知的興味をくすぐられていますよ。

石 塚:だからといって、〝知って終わり〟にはしません。国語科講師で議論した完全記述式のオリジナル設問を通して、読み取ったことを自分の言葉にしてもらい ます。その際に必要があれば授業の中で、ある程度は講師が舵を取りながら議論をして他者の意見も踏まえた上で書いてもらいますが。

reporter―面白そうですね。どうも国語の設問というと、「適切な接続詞を選びなさい」とか「~字以内で抜き出しなさい」というものを想像するのですが、これはなかなか本格的です。

松 岡:そういう設問を扱わないわけではありません。なぜなら、子どもたちが発する意見に対して不自然な表現があればその場で突っ込みを入れますし、どこを読んでそう思ったのかを聞きますから、そういうやりとり自体が抜き出しの設問を扱っているのと同じです。

宮 崎:総じて言うと、クセジュ国語科の授業法は、読み取る上で当たり前のことを自然なやりとりの中で扱いながら、その先にある「教養的知識」や「精密に読み 取った上で判断する思考力」、そして「自分の言葉で伝える表現力」を養うことに主眼が置かれているわけです。要するにこれからの社会において必ず必要にな る力の養成です。入試が最終目標になっている既存の国語教育では入試すらも突破できませんから。

苦労の先にあるモノ

reporter―そのような授業法は講師側の準備がかなり必要だと思いますが、どういう苦労がありますか。

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石 塚:準備は大変です。特に理系の内容を扱うときには(笑)。

松 岡:アインシュタインの相対性理論を扱ったときには相当に勉強しました。自分だけじゃどうにもならなくて理系の講師にレクチャーしてもらったりして…。

宮 崎:でも、どのジャンルの文章を扱うにしても、深い部分にまで踏み込むためには参考文献を3~4冊は読む必要がありますね。ただし、自分が文章の全容を把 握できることと子どもたちが理解することは全く別の話ですから、どんなふうに説明をしたら分かりやすいのか追求していくことに骨が折れます。

松 岡:全く同感です。生徒たちの年齢や置かれている環境で理解度は違うわけですから、いかにして彼らが共感できるようなたとえ話をするかが工夫のポイントな んですよね。だから生徒たちが今どんなことに興味があるか、テレビや雑誌で何が話題になっているのかまでリサーチしています。例えば「現代に置き換えたら さ、AKBのメンバーが急に脱退したとするじゃない? そういうときに…」みたいな(笑)。

石 塚:そうそう。扱っている文章の中には、夏目 漱石の「こころ」などのように、年齢を重ねないと実感として理解できない表現などもあるので、そういう部分がうまく伝わらないときもあります。もどかしさ を感じますが、いつか「あのときに先生が言っていたことって、これか!」と気づいてもらえればいいんですけど。

松 岡:そうやって授業を濃いものにしたいと思うと、私たち自身が‘いま自分が持っている知識’だけで臨むことはできないんです。そして、謙虚な気持ちで周到な準備をしていけば、「大人も現在進行形で学んでいるんだ」という姿勢が必ず生徒に伝わります。

reporter―〝面白い〟と言われている授業の裏には、そこまで考えた上での下準備があったのですね。

石 塚:自分たちで言うのも恐縮ですが、ここまでやっている塾はないと思いますよ。多くの塾では、まさに冒頭で述べたような「正答を得るための技術」を効率よ く教えるにとどめたり、数学と英語は必修でも国語の授業はオプションとして選択できる程度の扱いにしている場合も少なくありません。クセジュが拘っている ような国語の授業を提供するのはかなりの労力がかかってしまうのです。

宮 崎:むしろ私たちは国語にこそ最も力を入れるべきだと考えていま す。国語という教科を通じて、学問全体に波及する様々な効果も視野に入れた〝学力〟を養成すること。これこそがクセジュ国語科の使命だと確信しているから です。2020年以降の大学入試システム変更もこのような学力を求めています。

何をもって国語力なのか

宮 崎:今の話とは別に、私は国語という教科自体が持つ構造的な難しさや苦労というものを感じています。

reporter―どういうことでしょうか。

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宮 崎:簡単に言うと、他の教科に比べて〝授業で学んだことの成果〟が見えにくいということです。数学などは「この問題が解けたらこの単元の基礎が理解できて いる」という大ざっぱな判断がしやすい。でも国語の試験では「この問題に正解できたからこの子は文章の趣旨が理解できている」と単純に判断はできません。 特に選択式の問いならばなおさらです。

石 塚:まさにその通りで、だからこそクセジュでは授業やテストでも基本的に〝記述式〟の問いに多く取り組ませることで、その子の理解度をはかることを心がけています。まぁ採点がとても大変ですが…(苦笑)。

宮 崎:教える側の問題は手間をかければ解消されるのですが、子どもたち自身に「自分に国語力がついた」という実感を持たせることが難しいのです。だから普段 から彼らの〝変化〟にアンテナを張って、しっかりと成長していることを伝えなくてはならない。どうしても生徒も親も目に見える〝点数〟という物差しで実力 を判断してしまいますから。その小さな変化の積み重ねが目に見える成果になるまでは、根気よく接していくしかありません。

reporter―なるほど。ところで皆さんの考える〝国語力〟とはどのようなものでしょうか。

松 岡:端的に言うと我々の母国語である日本語の「総合力」です。読む・書く・話す、これらのことに加えて〝伝える力〟や、そのために必要な〝語彙の知識〟などコミュニケーションのもとになる基盤全てだと考えます。

宮 崎:私も同じですね。まさに人間関係において必要なスキルそのものが国語力だと思います。その出発点となる、相手の思考や思想を把握し、その背景に何があ るのかを理解するまでが「読解力」。そこから一歩踏み込んで、自分の意見を踏まえて相手にフィードバックしたり、相反する考え方を統合して相対化、抽象化 していくことまで要求されるのが「国語力」です。

石 塚:これからの時代に一番必要なのは、その一歩踏み込んだ先の力だと思います。ただし、前提として最低限の力である語彙力や漢字の知識、基本的な読解力があってこそです。

reporter―その国語力をつけるために心がけていることは何でしょうか。

石 塚:まず、今述べた最低限の力をおろそかにしないために、クセジュでは漢字テストを毎週実施していますし、基本的な語彙などの知識面においても妥協せず指導しています。

松 岡:読解という観点で言うと、正確に読み取らせることは意識していますね。いい加減な解釈やあいまいな理解、根拠のない自分勝手な考えに陥っている生徒には何度でも突っ込みを入れています。

宮 崎:あと記述については場数を踏ませていますよ。子どもたちは大体〝書かず嫌い〟なんです。最初は下手な文章でも繰り返し書いているうちに見られるものに なってくるんです。ただし、ダメ出しばかりする指導では生徒のモチベーションは上がりませんから、必ず良い点を褒めてあげる。これは先ほど言った小さな 〝変化〟を見つけてあげることにもつながります。

石 塚:全部が記述だとさすがに大変だから口頭で何かを説明させたり表現させることも多いの ですが、そこは他教科の講師にも釘を刺していますよ。「国語の授業だけで国語力がつくと思わないで、正確な文章で説明できるようにさせてくれ!」って (笑)。これまで話に挙がったような〝国語力〟をつけるためには、他教科の講師との連携も重要なんです。

新たな展望へ向けて

reporter―楽しさの中にも厳しさあり、ですね。でも基本的に国語の授業はメチャクチャ盛り上がっていますよね。

石 塚:私たち自身が楽しまないと生徒も楽しくないでしょう。実際、いろんな苦労はありますけど国語の授業をやっていると本当に私は楽しいですから。

松 岡:新しいことを新たに知るという意味では論説文や理系の題材は勉強になって面白い。でも何だかんだ言っても私たちは国語講師なので、小説が好きな人が多いですよね。

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宮 崎:私は夏目漱石の「こころ」なんかすごく気に入っていて、年齢を重ねるにつれて読み方の変化が実感できるのがこの作品の魅力だと思っているんです。若い 講師にはそれほど共感が得られていませんけど(笑)。で、夏目漱石という人物の周辺を掘り下げていくと、森鴎外や芥川龍之介、さらにはラフカディオ・ハー ンといった人々にも話を広げて話すことができます。同時に、漱石の他の作品についての魅力を伝えることもできる。

石 塚:いえいえ、「ここ ろ」の魅力は大いに理解していますよ(笑)。小説は扱い方次第で非常に優れた教材になると私も考えていて、作者が生きた時代や世相がどのように作品に影響 しているか、さらには古い作品であっても現代にも通ずるメッセージ性なり教訓なりがそこに詰まっています。

松 岡:ドストエフスキーの「罪と 罰」もいいですよ。キリスト教文学という宗教的背景を知るきっかけになるし、国の違いを超えた「青少年期だからこそ抱える万能感」や「頭でっかちになって 現実から乖離して起こる悲劇」など、近代社会が抱える共通の問題点などを浮き彫りにすることができます。

宮 崎:アプローチ次第ですよね。た だ、最初はオーソドックスな解釈から入っていくのがよいかなと。作品に対して勉強していくと、少し変わった視点に出会ったりします。それも面白くて目を引 くんですが、まずは王道的な学説や理論を提示した上で生徒自身に考える余地を残してあげたい。そこから生徒のオリジナルな解釈を引き出していく。

松 岡:そうですね。小説に限らず物事にはいろんな解釈があるけれど、基本的な視点、つまり基礎の読解力が備わった上で自分なりの分析やオリジナルな視点というものが生まれるのだと思います。

石 塚:私はどのジャンルの作品も甲乙つけがたいぐらい好きですね。でも、とにかく私が嬉しいのは、小学生から中2までの間に様々な作品を通して鍛えられてきた記述力や共感力のおかげで、受験学年での演習時に文章を論理的に系統立てて分析できるようになっていることです。

reporter― 講師の皆さんがこだわりを持っていることがよく分かりました。最後に、これからの授業で取り入れていきたいことや考えていることはありますか。

松 岡:小学生でも中学生でも、今以上に‘創造的な試み’を取り入れていきたいです。例えば物語を作る、など。感性を豊かにすることが国語教育の使命の一つだと思いますので。何かを作り出すことが、これから必要な創造力と想像力の養成につながると考えています。

宮 崎:国語科全体で実施するかどうかは別として、個人的には「一人の作者の作品をたくさん読んで、そこから分析・研究をする授業」をしたい。2ヶ月ぐらいの 期間をかけてじっくりやっていみたいことです。また、ある小説を取りあげて、それを映像化するならどのような脚本を書くのか、ということにも挑戦させてみ たいですね。

石 塚:私は解釈の違いをテーマにしたディベートをたくさんやってみたいです。そこから自分の考えを相対化できる力を養えれば最高ですね。

reporter―国語を起点としてこれからもクセジュの教務を牽引していくという皆さんの意気込みが伝わってきました。本日はありがとうございました。

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