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[やみつきニュース]平等と公正 (フェアプレー?)

2017.10.07 松葉教室ブログ

こんにちは。
松葉教室の川口です。
世の中では、日本代表がサッカーW杯のアジア予選を突破したことやそろそろ始まる野球のクライマックスシリーズなどの話が盛り上がっていることと思います。
今回から僕が書くブログは、「スポーツから考える」と題して、何かしら「スポーツ」に絡めた話題で書いていくつもりです。

さてさて、先日中3の生徒と話をしていたところ、公民分野で学ぶ「公正」についての話になりました。Iくんは「公正」の字ずら的な意味は何となく分かっているけど、今一つピンときていないようで、腑に落ちない表情で僕に話しかけてきました。
そこで、サッカーをやっていたIくんに「フェアプレー」について考えることで、「公正」について理解してもらおうと思いました。

「フェアプレー」の「フェア」ってどんな意味?
「平等かな?」

「平等」と「公正(フェア)」は似ているけれど、なかなか彼にうまく伝わらない。

その後、Iくんにはさまざまな例をあげて「平等」と「公正」の違いを理解してもらおうと試みました。だいぶ長くなりそうなので、ここでは簡単に書きますが、フェアプレーを理解するには、その競技だけ、その試合だけのことだけを考えていたら理解するのは難しいかもしれません。そのスポーツのルールからはじまり、歴史や文化、現代社会のありかたなど様々なことを理解する必要があります。だから、ただ単にルールに書いてあることを下に「平等」であることを目指しても、フェアにプレーしたことにはならないし、フェアーにプレーすることは、それ以上に「公正」であることが求められるのです。

そもそも、勝ち負けがなければ、スポーツをしていても楽しくありません。どこが勝った、あそこが負けたという話題だけでも話のネタになるように、スポーツにとって、勝敗はかけがえのない重要な要素です。しかしながら、勝敗という結果は、天と地ほどの差がある不平等なものです。フェアにプレーすることの大きな理由の一つは、この勝敗について、終わったあとで難癖をつけられないように、負けた場合でも受け入れざるをえないようにするためのものでもあります。そして、ルールに則ってプレーすると同時に、またプレーヤーであると同時に人間として、どう振舞うかがフェアープレーについて考える上で大切なことです。世の中に語り継がれるフェアープレーの逸話はいくつもありますが、どれもその競技のルールを守りつつ、時にはルール違反していたとしても、「公正」にプレーしたからこそ、多くの人々から称賛を受けて語り継がれているのでしょう。
オリンピック柔道におけるエジプトのラシュワン選手
サッカーのディカーニオ選手  などなど
今でも語り継がれているフェアプレーの逸話は数えきれないほどあります。
勝つことによって得るものがいろいろな意味で大きくなった現在のスポーツの世界だからこそ、「公正」さやフェアプレーについて、立ち止まって考える瞬間も必要だと思います。
機会があったら、皆さんの大好きなGoogleさんで検索してみてください。栄光の勝利の物語と同じくらい心を揺さぶるフェアプレーの数々が動画で見られることでしょう。そして、単に称賛するだけではなく、なぜ彼ら/彼女たちがそのような行動をしたのかを考えてみてください。「平等」とは何か違う「公正」の考え方の本質がみえてくるはずです。

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